深い練習をする最も簡単な方法は「目を閉じる」ことです。もちろん目を閉じた「だけ」で深い練習になるわけではなく、目を閉じた「状態で」練習をすると深い練習になるという意味ですが。
目を閉じると集中力を妨げる要因がひとつなくなり、五感の中の視覚を除く4つの感覚(聴覚、嗅覚、味覚、触覚)が研ぎ澄まされて、新しいフィードバックが可能になります。
慣れ親しんだスキルでは新鮮な感覚を覚え、練習中のスキルでは課題が明確になったりもします。
スポーツの世界ではバスケットボールの神様といわれたマイケル・ジョーダンが目を閉じてフリースローの練習をしていたことが知られています。
某国海軍の特殊部隊は暗闇(目を閉じているのと同じ状態)で武器を組み立てたり、他の兵士と協力してテントを張ったりする訓練をおこなっています。
個人的な経験では、大学時代に突然暗闇状態でギターを弾く機会がありました。演奏会に向けて某有名アコースティックデュオの曲を練習していた時、悪戯で部屋の電気を消されました。それでも構わず弾き続けると意外といけるもんで、ソロパートの手前までは弾き続けることが出来ました。結果として視覚のガイドや補助が必要な部分はまだ「身に付いていない」部分だということが分かりましたし、その後の練習にとって貴重な体験となりました。
今なら録音や録画といった方法もあるとは思いますが、手軽に「制限」をかける方法として「目を閉じる」「暗闇にする」といった手法は有効だと思います。
その17へ続く
前回分は下記より
新しいスキルを覚えると次はもっとペースを上げたくなります。ただしそれは「いい加減さ」に繋がります。
人々は正確さをおろそかにして、一時のスリルを追い求める傾向があります。だから意識的にペースを落とす必要があります。
超スローモーションの練習は拡大鏡のような役割を果たしてくれます。ミスがはっきり認識できるのです。それはその5にある「ミスの発見と修正」に繋がり、上達に役立ちます。
ペースを落とした練習は特にハードスキルに有効です。
ゴルフ史上最も正確なフォームの持ち主といわれるベン・ホーガンは、かなりゆっくりした動きでスイングの練習を行っていました。その速度で実際にボールを打つとその「飛距離」はわずか3センチほどだったという逸話があるほどです。
大切なのは、どれだけ速く出来るかではなく、どれだけゆっくりと正確に出来るかなのです。
その4の「スキルアップに適切な環境」で「質素な環境」が目の前の課題に集中するのに役立つということを紹介しました。そこからさらに一歩踏み込んで、練習スペースを縮小するという事例を紹介します。
そこでの繰り返しを増やし、密度を濃くして目標を明確にすると、ますます深い練習をすることが出来ます。
世界最高峰のサッカーチームのひとつであるスペインのFCバルセロナでは、浴室より少し広めのスペースで2人の選手がひとつのボールを奪い合い、相手より長くボールを保持したほうが勝ちというゲームが行われています。
狭いスペースの中、苦闘に満ちた一連の危機を作り出し、選手はそれに素早く反応してスキルを磨きます。そしてサッカーにおいて重要な「ボールコントロール」というハードスキルを高めてくれるのです。
「この練習は馬鹿げているように見えるが、効果は抜群だ」とバルセロナ・アカデミーの元コーチ、ロドルファ・ボレロ氏は言っています。
企業でも縮小したスペースを使うことで成果をあげています。
トヨタ自動車では、新人研修で工場の組み立てラインを一つの部屋の中に縮小し、ミニサイズの模造品を使って研修を行っています。このことによって、本物の生産ラインでの実地訓練よりも高い研修の効果をあげるようになりました。
また物理的なスペースだけではなく、俳句や短文、ツイッター(140文字まで)などの制限・縮小した表現形式を使い、文字数を制限した中でスキルを磨くといった方法を行っている詩人や作家もいます。
さらに副次的ではありますが、スペースが狭くなることによって指導者の目が届きやすく、声を張り上げる必要がなくなるなど効率的な意思疎通が可能となりました。
その15へ続く
前回分は下記より
具体的なイメージを抱くと、理解し記憶し行動するのが容易になります。それは脳の進化と関わりあいがあります。脳は「抽象的な思い」より「具体的なイメージ」を鮮明に刻み込むように数百万年かけて進化してきたからです。
学ぼうとしているスキルひとつひとつに対して、まずは具体的なイメージを描く工夫をしましょう。必ずしも詳細である必要はありませんが、自分にとって見て感じやすいようにすることは重要です。
練習に対する考え方をどう持つか。練習を「作業」のように考えるとそれは、「機械的で退屈な繰り返し」や「うんざりする」といったイメージになってしまいます。一方、「ゲーム」のように考えるとそれは「楽しさ」や「情熱」といったイメージになり、そうみなして練習を行うと早く上達します。
実際、達人たちは子供~青年のころに「クセになる小さなゲーム」によってスキルを伸ばしています。
22才の若さで全米オープンを制覇した北アイルランド出身のプロゴルファー、ローリー・マキロイは、チップショットを練習するために自宅の庭の穴にゴルフボールを入れて遊んでいました。
投資の神様ともいわれ、世界最大の投資持株会社バークシャー・ハサウェイの最高経営責任者を務めるウォーレン・バフェットは、チューインガムのどの味がいちばんよく売れるかを調べるために訪問販売をしました。
彼らに共通しているのは、楽しさと情熱を感じてワクワクしながら物事に没頭したことです。
本能的に人は「苦しい」ことを避けようとします。イメージ的なものであったり感覚的なものの場合もありますが、スキルアップに関しては「失敗」と結び付けてしまうようです。
ただし、スキルや才能を磨くにはこの「苦しみ」を避けて通ることは出来ません。「深い練習」をしようとすると自分の能力の限界まで「背伸び」の繰り返しを行わなければならないからです。そしてそれは、「苦しみ」に耐えて行う努力であり、時には歯を食いしばるようなこともあります。
自分の能力の限界で感じる「あともう少しでできる」という感覚は、脳の中に新しい神経回路をつくるときの生みの苦しみです。それをUCLAの心理学者ロバート・ビョーク博士は「歓迎すべき苦しみ」と呼んでいます。
脳も筋肉と同じように、苦痛を経験してはじめて成長するものなのです。
どんなスキルを身につける時も、基本的にはやり方はいつも同じです。
①全体を見る。
②それを最小の要素に細分化する。
③ひとつひとつをマスターし、組み立てる。
という工程の繰り返しです。
細分化するにあたっては、その2で記述したように脳にイメージを焼き付けます。そのうえで、
①このスキルの中で習得できる最小の要素はなにか?
②その最小の要素と関連している他の要素はなにか?
を考えます。
例えるなら、それは言語を学ぶようなものです。ある言語で文章を書きたいと思えば、まずその文字を学ばなければなりません。日本語であれば、「ひらがな」「カタカナ」「漢字」などの文字を覚え、単語を覚え、文法を覚えるなどの行程を経てはじめて文章が書けるようになります。
どんなに素晴らしい文章を書く人でもいきなりそれを書けたわけではありません。
スキルアップのためには練習は不可欠です。ただしその練習は闇雲なものではなく「適切な」練習でなければなりません。そしてそういった適切な練習は「深い練習」と例えられます。
深い練習のカギは「背伸びをすること」です。そしてそれは現在の能力を超えて自分を伸ばすために、「スイートスポット」と呼ばれる困難なゾーンを体験することです。
coach(コーチ)という英単語は、carriage(運搬)を意味するハンガリー語の「kocsi」からきています。つまりスキルアップに関してのコーチは選手や生徒をそのスキルを目指すべき地点まで送り届けられるだけの力量や方法論を持つ信頼できる人でなければなりません。
※人によって求めるものが違うでしょうし仲間や友達が欲しいなら話は別ですが、スキルアップという点に限定した場合は上記のような人物が第一基準となります。
いわゆる「神童」と呼ばれる幼少の頃から類まれな能力を発揮する子供たちがいますが、一方多くの天才は子供のころに周囲からその才能を見落とされ、人知れずスキルアップをしています。
バスケットボールの神様といわれたマイケル・ジョーダンは高校2年生の時、実力不足とみなされてバスケットボールチームの登録を取り消されていますし、チャールズ・ダーウィンは学校の教師たちから低学力児の烙印を押されました。
その他にもウォルト・ディズニー、アルバート・アインシュタイン、ルイ・パスツール、ポール・ゴーギャン、トーマス・エジソン、レフ・トルストイ、フレッド・アステア、ウィントン・チャーチルなどは子供のころ特に目立った才能を発揮しない平凡な子供でした。
スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授は「神童は幼少のころから世間の賞賛と注目を浴びるので、自分の『魔法』のような地位を守ろうとしてリスクをとらなくなり、学習の速度を遅らせてしまう」と語っています。
コロラドスプリングスにある全米オリンピック・トレーニングセンターで50人の熟練のコーチに「15才の最有力選手が2年後のオリンピックでメダルを獲得する可能性を正確に予見できますか?」と質問した時、手を挙げたのは1人だけでした。(その1人は体操のコーチで体操選手はピークに達する年齢が若く、さらに小柄な体型が有利なため予見が立てやすい)
より具体的にこの件に関して語っているのはノースカロナイナ大学の女子サッカーチームを21回の全米選手権優勝に導いたアンソン・ドーラン監督です。
監督は「若手の選手を見極める時に起こりうる最も残念なことのひとつは、幼少のころからちやほやされてきた選手が伸び悩むことです。そういう選手は高校に入るまでに周囲の人から称賛を得、そしてそれを信じ込むために、努力を怠って3年生になるころには伸び悩んでしまうのです。しかしその一方で、補欠としてベンチを温めながら、何とか這い上がろうとひそかに決意する選手もいます。こういう地味な努力家は、例外なく立派な選手に成長します。」と若手の将来性について私見を述べています。
実戦や現場において、「ハードスキル」「ソフトスキル」とはっきりと分けて使うことはほとんどありません。そのふたつを組み合わせて実践することが大半です。
たとえば、音楽の演奏者が一連の音を奏でる時の正確な動きはハードスキルですが、その曲の感情を解釈する能力や一瞬のひらめきなどはソフトスキルです。
また、スポーツ選手が味方に正確なパスを投げるのはハードスキルですが、敵の動きを即座に読むのはソフトスキルです。
ではどちらのスキルを重要視するかとなった時、答えは迷うことなくハードスキルです。(特に長期的な視点に立った場合、ハードスキルはより重要になります。)
それは世界的な超一流のエキスパートの多くが、初心者の時に練習したのと同じスキルを今でも練習していることからも明らかです。
チェロ奏者のヨーヨー・マは練習を開始する時、いつも最初の数分をひとつひとつの音符を奏でる練習に費やします。プロフットボールの名クォーターバック、ペイトン・マニングは全ての練習を基本的なフットワークから始めます。この練習は12才の子供に教える練習と同じものです。
彼らは難しいことに挑戦したいという誘惑を抑えて、ハードスキルを磨いて維持することに専念します。(もちろんそういったチャレンジを行う場合もありますが)なぜなら、ハードスキルこそが他の全てのことの基盤になることが分かっているからです。
自分の才能のイメージを例えるなら、それは大きな木です。太い幹がハードスキルで、覆い茂って広がる枝葉がソフトスキルです。
まずは太い幹を作り上げましょう。より高くより太い幹(ハードスキル)に成長させれば枝葉(ソフトスキル)も広く大きく茂らせることが出来ます。
その7へ続く
前回分は下記より
最新式の設備や豪華なオフィス、新品のロッカーにまっさらなタオル。人はみな快適に過ごしたいと思っているためそれらに憧れます。
しかしスキルアップにとってそういった豪華な環境は好ましいものではありません。
豪華さがモチベーションを下げてしまうからです。
豪華な環境に身を置くと無意識に「もうそんなに努力をしなくていい」と感じてしまうのです。
実際、どの才能開発所も豪華さとは縁がありません。もっといい設備を整える経済的余裕のあるところでも小屋のようなみすぼらしい外観や50年以上も変わらない質素な環境で運営されています。
こういった飾り気のない質素な空間が、気持ちを落ちつけて目の前にある課題に集中するのに役立っているのです。
「質素な環境を選ぶ」。スキルアップにとって理想的な環境を考える際には覚えておくのがいいのかもしれません。
画家のパブロ・ピカソは
「すぐれた芸術家は借りる。偉大な芸術家は盗む」
という言葉を残しています。
スキル向上は情報の吸収と応用によるもので、その最高の情報源は超一流のエキスパート達です。「盗む」ことは芸術、スポーツ、デザインも分野では伝統になっていて「影響を受ける」という表現で日常的に行われています。
ダラス郊外にあるセプティエン現代音楽学校では、生徒たちに
「あなたたちは必死で盗まなければならない。優秀なアーティストを一人残らず観察し、その人たちが持っているもので使えそうなものを見つけて自分のものにしなさい」
と檄を飛ばしています。それがデミ・ロバート、ライアン・カブレラ、ジェシカ・シンプソンなどの才能を生み出しました。
才能は先天的なものではなく、後天的に作り上げていくものだとすると必ず始まりがあります。
その才能の出発点は「点火」と呼ばれ、一流の人物や団体との出会いや触れ合いによって「自分もあんなふうになりたい・なれる」という無意識の心の動機付けによって生み出されるものです。モチベーションに火をつけると言い換えてもいいかもしれません。
以前読んだ本の中で「能力開発」に関して科学的根拠があり、それを基に成果を出している方法がまとめられているものがありました。
ステマのように取られると面倒なので書籍名は伏せますが、文章でまとめると色々と自分にとっても有益になるような気がするのでご紹介も兼ねて自分の言葉でまとめてみようと思います。